お金
(2014年9月12日更新)

「百万円!?」
「そうよ。百万円。値下げはないわよ」 
「さすが、伝説のFXトレーダーと言われるだけありますね。私はもう負けたくありません。その金額で授業をお願いします」

俺の名はタケシ。FX歴8年。一応は個人投資家という位置づけなのだろうが、負けが込んでいて勝っていない。そのうち勝てるようになって会社を退職してやろうと思っているのだが、負けているからそれどころではない。何とか少なくとも負けの分は取り返さなければ・・・。

空港の待合ロビーで、まさか伝説のFXトレーダーを間近で見ることができるとは思わなかった。雑誌で写真を見たことはあるんだか・・・。若そうに見える女性だ。とにかく、この人に教えを乞うしかない。断られるかも知れないなんて考える余裕はなかった。
060614
「あの・・・名前は・・・?」 
「周りの人は私をサリーと呼んでいるわ。サリーでいいわよ」 
「サリー・・・さん、」
「サリーでいいわ」
「あ、はい。サリー、百万円払って授業を受ければ、FXで勝てるようになるんですね?」
「だめね」
「は?」
「あなたは百万円払っても勝てないわよ」
「え!? だって、今、あなたは授業料が百万円だって言ったでしょ?」
「ええ、言ったわ」
「じゃあなぜ・・・」
 
何が何だか良く分からなかった。FXを教えてほしいと思い切ってお願いしてみたら百万円で引き受けるという。しかし、支払っても勝てないという。

「あなたのその姿勢では、1千万円払っても勝てないわよ」
「姿勢?」
「そう。姿勢。百万円払うから教えてくれ、なんて受け身の姿勢では、いつまでたっても勝てないわ」 
「じゃあ、どうすれば・・・?」
「自分で学ぶのよ」
「独学ということ?」
「半分正解、といったところかしら。ちゃんと授業もするわ。自分から調べて学ぶ姿勢がないと、この世界では成功しないと覚えておくのね」

では、何を教えてくれるのだろう?

「サリーは何を教えてくれるのですか?」
「”気付き”よ」
「気付き?」
「そう。あなたが自分で勉強しているときに間違った方向に行きそうになったら、元のレールに戻すきっかけを教える、という感じかしら」

「そろそろ搭乗時間だから行かなければならないわ。名刺をあげるから、来週月曜日の11時にオフィスに来られる?」
「え?あ・・・はい、行きます。その日は有給休暇を取ります。」
「じゃあ、その時間に待ってるわね」

勢いとはいえ、サリーにFXを教えてもらうことになった。百万円と言えば大金だ。果たして支払う価値があるのだろうか。しかし、今まで負けていて、このままではこれから勝てるようになるとも思えない。ここは賭けるしかないな・・・。

**********

高層ビル


月曜日になった。11時の約束だったが遅れるといけないので早めに家を出た。早く出過ぎたので10時過ぎにはオフィスに着いたが、あまり早く訪ねても迷惑になる。そこで、近くの喫茶店で時間を潰してからオフィスを訪ねる。

「あのう、すみません。今日11時にお願いしていたタケシですが・・・」
「はい、こちらの待合室で少々お待ちください。お茶もどうぞ」

受付の人に待合室に案内され、しばらく待った。長く丸い形のテーブルに椅子が6脚。シンプルな作りの部屋だが、会議室も兼ねているだろうこの部屋には何か気品が漂っている。

「お待たせ」
「よろしくお願いします」

先週会った時と同じく、自信に満ちた声だった。

「あまり時間もないし、前置きは省略して授業を始めようかしら」
「はい、お願いします。これ、授業料です」
「授業料?」
「ええ、百万円」
「いらないわ」
「えっ?いらない?」
「そう、いらないわ」
「じゃあ、無料なんですか?」
「そうよ」
「では、なぜ百万円って・・・」
「あなたの本気度を見たかっただけよ。百万円でビビっちゃうような人に教えてもねえ」
「・・・」

「あと、あなたがあまりに切羽詰まった感じで本気だったから、思わずOKしちゃったのよ」
「そうでしたか」

肩の力が少し抜ける感じがして楽になった。百万円を払うというのは、やはり大変なことだ。

「じゃあ、授業をはじめましょうか。何か質問ある?」
「え?いきなり質問コーナーですか?」
「そう。私の授業は”気付き”を与えるだけ。勉強するのはあなた。そうだと言ったでしょう?」

気付きって何だろう?良く分からない。しかし、ここは素直に質問するしかない。

「なぜトレード方法を教えてくれないのですか?」
「いい質問ね」

サリーは椅子に座り直しながら答えた。

「あなたは私ではないからよ」
「え?意味が全然わかりません・・・」
「私とあなたでは、生まれ育った環境、お金に対する考え方、経験、知識、全てが異なるの。だから、私にとってベストな方法があなたにとってもベストとは限らない。さらに言えば、5年前の私にとってベストな方法と、現在の私にとってベストな方法も違う。だから、今の私にとってベストな方法を教えても、あまり意味がないと思うの。」

言っている意味は分かる。しかし、FXは為替レートが上がるか下がるか、二つに一つしかない。そんなに難しく考える必要はあるのだろうか。サリーが今稼いでいる方法を教えてくれれば、それでいいのだが。

「一般的に通用する勝ちパターンというのはありますか?」
少し変化球を投げてみた。サリーのトレード方法が分かるかも知れない。

「M2J(エム・ツー・ジェイ)って知ってる?」
「はい、マネー・スクウェア・ジャパンですね。」
「そうね。そこが2010年にレポートを出しているの。見てみる?これよ。8ページ目(PDFの9枚目)のここを読んでみて」

「はい。えーと、『利益を出している投資家のパターンに決まったものが存在しない』です」
「そうね。M2Jは顧客の8年間の取引を調査した結果、利益を出すパターンに決まったものが存在しないという結論に至った・・・。8年は長いわ。これはとても重要なことだと思う。儲けるための唯一絶対の解は存在しない。違った見方をすれば、自分の性格やライフスタイルに合った儲け方があるはず、とも言えそうね」

「なるほど・・・」
「では、私に合った投資方法というのは、どんな方法でしょうか?」
「私はあなたのことを知らないわ。あなたが自分で考えないと」
「はあ・・・」

「そんなに残念な顔をしない。ヒントをあげるわ」「あなたの今のトレードスタイルはどんな感じ?」
「え?どんな感じ?・・・難しいな。どんな感じだろう?」
「じゃあ、質問を変えるわね。スワップ派?スイングトレード派?スキャルピング派?あるいはその他?」

「えっと・・・今の3つ全部です。スワップポイントが高い通貨ペアではロングを建てて持ち続けることが多いです。たとえば、AUD/JPYとか。でも、含み益が乗ってきたら清算します。あと、スイングトレードもやります。上がりそうだなと思ったらロングを建てて、何日か待つことがあります。スキャルピングもやります。残業なしで仕事から帰った時など、時間があるときにやっています」

「そして、その成績は?」
「成績は・・・良くないです。勝っても負けても、ひどく疲れます。スキャルピングで夜11時あたりまでトレードした次の日の朝は、仕事をしたくないです。負けた時は特に。」

「行き当たりばったり、という感じね」
「はあ」
「全てのトレード方法で儲けようとしても駄目。人には得手不得手があるもの。全てのトレード方法に精通するというのは理想だけど、そんなに簡単にできるものでもない」
「そうですね・・・。では、サリーのトレードスタイルはどんな方法ですか?」
「私はスキャルピングよ」

やった・・・サリーのトレード方法が少し見えてきた。

「あの・・・今スキャルピングのトレードを実際に見せてもらうことって・・・できますか?」

かなりドキドキの質問だ。

「いいわよ。ただし、今トレードチャンスがあるかどうか分からないから、必ずトレードできるとは限らないけどね。先に気づきの授業をしてから、トレーディングルームに案内するわ。」
「はい!」

やった!これはかなり期待できる。声が思わず弾んでしまう。

「じゃあ、授業の続き。あなたの日常生活を教えてくれる?」
「日常生活ですか?はい。朝6時に起きて・・・ということですか?」
「そうよ」
「朝6時過ぎに起きて、7時半に家を出ます。9時から仕事が始まって、昼休みは12時から1時までです。仕事の定時は午後6時ですが、残業があることもあります。残業がなければ、7時半までには家に着きます。残業があるときは、遅いときで10時過ぎに家に帰ります。この生活が月曜日から金曜日まで。土日は休みでのんびりしています。」

「一般的な生活習慣ね」
「はい」
「では、この生活習慣で、あなたが最もふさわしいと思うトレードスタイルは何かしら?」
「えーと・・・難しいですね。でも、スキャルピングは違うと思います。昼は仕事があってできないから夜やるんですが、残業がないときしかできない。残業があるときにすると、寝る時間が無くなってしまいます」
「そうそう、いい感じ。そうやって自分にふさわしいトレード方法を探していくのよ」

「あと、お金に対する姿勢も確認してみましょうか」
「お金に対する姿勢・・・」
「トレードで損しても大丈夫な性格?あるいは、1円たりとも損したくない性格?」
「損して大丈夫ということはありませんが、トレードに損はつきものですので、ある程度は仕方ないと思います。でも、できることなら損したくないです」
「そうね。1円たりとも損したくないと言われたら、ここで授業を終わるところだったわ。全く損しないで勝とうなんて無理だからね。損に対する許容度なども、トレードスタイルを決める判断基準になるわ」

「では、トレーディングルームに案内するわ。ついてきて」
「はい!」

**********

キーボード

部屋に入ると、少しひんやりする。部屋の基調は白だがパソコンは黒。パソコンが目に飛び込んでくるように異彩を放っている。さすがスキャルピングのトレーディングルーム・・・という感じだ。ディスプレイは6面。キーボードは2つある。

思わず自分のスキャルピングと比較してしまう。デスクトップパソコン一つ。以上。トレードの設備の時点で、すでに負けている感じだ。

「さて、今の為替レートはどんな感じかしら・・・。日中の値動きは小さいから、トレードはなかなか難しいんだけど・・・横の席に座っていいわよ」
「はい、ありがとうございます」

サリーの席の少し後ろにある席に座った。さっきの受付の人が、再びお茶を持ってきてくれた。サリーは、画面に向かって座って、じっとしている。チャートを見ているようだ。しかし、緊張感はあまり感じられない。何というか、少しリラックスしているようにも見える。

真ん中の画面には、為替レートが表示されている。画面それぞれにはインジケーターやらニュースやらが所狭しと表示されている。自分も画面を静かに見つめる。

「カチッ」

ふと、小さな音が部屋に響いた。

「カチッ」

もう一度鳴った。この間、数十秒くらいだったろうか。

「終わったわ。5pipsの勝ち」
「5pips・・・」
「少ないと思った?多いと思った?」
「今の値動きは小さいので、5pipsでも十分のように思います・・・」
「そうね。今の状況ではこれが精いっぱい。負けなかったから良かったわ」

「あの・・・質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「トレードしているとき、とてもリラックスしているように見えました。実際はどうなんでしょうか」
「そうね・・・為替レートの動きに対応できるように準備してディスプレイを見ているけれど、肩に力が入ることはないわね。トレードしているときも、いつもと同じ。勝っても負けても、いつもと同じ。やったー!なんて言わないし、あ~あ、って残念にも思わない」

「勝ったらうれしいし、負けたら悔しいですよね?」
「もちろんそうよ。でも、そんな感情をいちいち持っていたら、トレードで負けるわよ。相場は常に動いているの。だから、トレードの度に感情を高ぶらせていたら、心身ともに疲れてしまって長続きしないわ。あと、感情が高ぶっているときに次のトレードチャンスが来たら、冷静に判断してトレードできるかしら?だから、勝っても負けても、トレードしているときもしていないときも、いつもと同じよ。」

「はあ・・・、俺とは全然違います・・・」
「あなたはどんな感じ?」
「勝ったら気持ちいいので、ビールを飲んだり笑ったりします。負けたら、静かにしてます。今思うと、負けた時は全身が固まっているというか、力が入っているというか、そんな感じかもしれません」
「疲れそうね」
「はい、疲れます」
「それでは長続きしないわよ」
「はい、もう行き詰っていますが・・・」

目のやり場に困ってディスプレイを見ると、一つだけ他と少し違うことに気づいた。エクセルのようなものに文字がたくさん書いてある。これについて質問することにした。

「あのディスプレイって、何を記録しているんですか?」
「ああ、あれね。私のトレード記録よ」
「トレード記録・・・」
「そうよ。いつ、どんな通貨ペアで何万通貨買ったか売ったか、損益はどうだったか・・・といった情報よ」
「なぜトレード記録をわざわざエクセルで書いているんですか?」
「そうね・・・。あなたは、トレードの記録を書いているかしら?」
「いいえ」
「なぜ?」
「なぜ?って言われても・・・トレード記録を書くということを知りませんでした」

「そうね。たいていの人は、記録を残していないと思う。そして、残していない人は勝てないと思うの」
「そういうものでしょうか・・・」
「たとえば、トレードを100回やったとしましょう。記録があれば、例えばこんなことがわかるわ。買いからトレードを始めるときの勝率、売りから始めるときの勝率、勝つときの利益幅、負けるときの損失幅、ある通貨ペアでは勝つ傾向にあるけれど、別の通貨ペアではそうではない。ある時間帯では勝っているけれど、別の時間はそうではない」

「何となくわかってきました。自分が勝てる時間帯、勝てる通貨ペア。そんな感じで勝てるときにトレードすれば良いのでしょうか」
「そうね、それも一つの方法。そして、負けやすいときの原因を突き止めて、負けトレードの回数を減らす。もう一つ、勝つときは大きく、負けるときは小さくできるように、自分のトレードを振り返る」

「俺、そんなことをやったこと1度もありません」
「そうよね。それが普通だと思う。でも、それでは勝てないわよ。直感に頼っていると、ブレが大きすぎるの。直感と相場が一致しているときは儲けられるかもしれないけれど、そうでなければ勝てない。そして、負けると感情が高ぶって、さらに負ける。負の連鎖ね」
「はい・・・俺の現状を話しているみたいだ」

「さて、今日はこんなところでいいかしら?たくさん勉強できたでしょう?」
「はい、ありがとうございます」
「宿題は、自分のトレード方法を見つけることと、トレードの記録を書くこと。次回は1か月後にしましょう。またこのオフィスに来てね」
「はい、ありがとうございます」

「最後にひとつだけ、質問していいですか?」
「ええ、どうぞ」
「サリーはどこのFX会社を使っていますか?」
「そうね・・・。メインはFXCMジャパンと、セントラル短資FXが提供しているウルトラFXかしら。」
「FXCMジャパンとウルトラFX・・・なぜですか?」
「他社と比較して、スプレッドが狭いからよマイナススプレッドになることもある。こんな会社は他にないと思うわ。」

「え?FXCMジャパンもマイナススプレッド・・・?」
「そうよ。2014年9月から、銀行の提示レートをそのまま顧客に出す方式に変わったの。だから、レートをよく見てごらんなさい。ときどきスプレッドがマイナスになっているわ」

「はい、ありがとうございます」

サリーの授業を受けたのは1時間ほどだったが、とても密度の濃いものだった。家に帰ってから、早速自分を見つめ直すことにした。

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