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経済指標等

リーマンショックをチャートで振り返る

2019年10月29日

リーマンショックが起きたのは、2008年9月15日です。遠い昔の出来事ですので、記憶がぼんやりしたり、イメージだけが先行したりしているかもしれません。

そこで、チャートを見ながら、確認しましょう。

リーマンショック発生時の米ドル円

リーマンショックが為替レートにどのような影響を与えたか、日足チャートで確認します。下は、くりっく365の為替レートを基にして、エクセルで作ったものです。

リーマンショック時の米ドル円

横軸は、月です。2008年7月から11月まで表示しています。

赤矢印部分が、リーマンショックがあった部分です。矢印がないと、リーマンショックが発生した位置がどこだかわかりません。

10月後半に、大きな円高があります。この部分がリーマンショックだと間違えそうな感じです。

値動きが大きい日々が続いた

では、リーマンショック発生時の値動きは小さかったのか?と言えば、そうではありません。大きな値動きでした。

下は、リーマンショックが起きた日の、米ドル円の4本値です。

  • 始値:106.35円
  • 高値:106.91円
  • 安値:104.53円
  • 終値:104.66円

大幅な円高です。高値と安値の差は、2.38円(238銭)もあります。しかし、上のチャートを見ると、大きな値動きに見えません。

すなわち、毎日がジェットコースター相場だったということです。

今日は3円の円高だった!と思いきや、その次の日は2円の円安になった!という具合です。大変な値動きです。

トラリピで適切な設定ができれば、毎日たくさん利食いして面白かっただろうな…と思います。

チャートの表示範囲を広くして確認

上のチャートは、2008年7月から11月までです。全体像を見るために、チャートの表示範囲をもう少し広くしてみましょう。2008年7月から2009年2月までです。

リーマンショック時の米ドル円

こうして範囲を広くすると、リーマンショックの位置がますます分からなくなります。

2009年2月には、10円近くの円安が実現しています。円高一辺倒ではなかったことが分かります。下は、月足チャートです(DMMFXから引用)。

リーマンショック時の米ドル円

矢印の先にある小さな陰線が、リーマンショックのあった月です。

月足チャートで見ると、リーマンショックのあった月の円高は「大したことがない」と言えてしまえそうな感じです。

2007年の大幅下落や、2010年以降の2年以上にわたる円高の方が、大きな影響があったのでは?とさえ感じます。

ちなみに、2007年の円高は、サブプライムローン問題を発端にしています。2010年以降の円高は、リーマンショック後の本格的な不景気を反映しています。

値動きの大きさなら、スイスショックの方が強烈

リーマンショックは、多くの人の記憶に残っています。また、直接的に見聞きしていない人でも、ニュース等で知る機会が多いでしょう。

しかし、リーマンショック当日の円高は、意外にも小さかったことが分かります。

高値と安値の差が200銭以上あるのですから、大変な値動きです。しかし、その前後の値動きの方が大きいです。

わずかな時間で一気に値動きしたという視点で見ると、2015年1月15日のスイスショックの方が圧倒的です。下は、そのときのユーロ/スイスフランの日足チャートです。

スイスショック

1.20から0.9台まで、一気に下落していることが分かります。2,000pips以上の下落です。これは日足ですが、わずか30分間ほどで実現した値動きです。

インターバンク市場では価格を提示できずに空白となり、このため、FX業者は顧客に為替レートを提示できないところが多発しました。

結果、為替レートを提示できるようになって提示してみたら、スリッページが1,000pips以上になった、という例も発生した模様です。

また、アルパリなど、複数のFX業者が経営破綻に追い込まれました。FX業界にとって、大激震です。

リーマンショックの記憶が強い理由

しかし、世の中一般の人々にとって印象深いのは、スイスショックよりもリーマンショックの方ではないでしょうか。

その理由を考えますと、実体経済に与えた影響が大きすぎるからでしょう。

下は、米雇用統計(前月比増減)のグラフです。2007年から2010年までを表示しており、縦軸の単位は千人です。

(上のリンクをクリックすると、米雇用統計のデータを取得できるページ(米労働省)のホームページに移動します。)

リーマンショック前後の米雇用統計

2007年に、サブプライムローン問題を契機として、景気が怪しくなっているのは確かでした。しかし、この時はまだ、雇用が継続的に減るという状況ではありませんでした。

よって、「何とかなる」という考え方が、まだ根強かった時期です。

しかし、2008年に入ると、雇用が継続的に毎月20万人減となり、不景気は確実な情勢となりました。これに追い打ちをかけたのが、リーマンショックです。

赤の矢印部分です。

2008年9月に、米雇用者数が40万人以上減りました。それまでは、20万人台の減少で踏みとどまっていたのですが、一気に突き落とされた格好です。

そして、70万人~80万人減という月が続くことになりました。

為替レートの大変動に加えて、長期的に人々を苦しめた直接的なきっかけが、リーマンショックでした。人々の脳裏に焼き付いたことでしょう。

(ゆったり為替にも、損失という意味で記憶に残りました…。)

リーマンショックが起きた理由

さて、ここで簡潔に、リーマンショックが起きた理由を確認しましょう。米政府がリーマンブラザーズへの支援を見送ったため、同社が経営破綻したことが引き金です。

では、米政府は非難されるべきか?ですが、それは難しいでしょう。当時の経済状況を振り返ります。

2007年以降の不景気で、失業者が増えていました。不景気の原因は、投資銀行等による「マネーゲーム」にもあるとみなされていました。リーマンブラザーズは、その「マネーゲーム」で活躍していた企業です。

(マネーゲームという表現は正確さに欠けるので、括弧を付けています。しかし、人々にとっては、マネーゲームそのものに見えたことでしょう。)

当時、経営危機に陥った金融機関は、公的資金を投入されて生き延びていました(大きすぎて潰せないという状態)。

一般国民の反発は簡単に想像できます。「俺らは助けてくれないのに、金融機関は税金で助けるのかよ!」という具合です。

こういった反感が高まっていたところで、「マネーゲーム」の主役級だったリーマンブラザーズを、税金で救済できるか?という話です。救済すれば、リーマンショックを回避できたかもしれません。

また、不景気の谷を浅くできたかもしれません。

しかし、リーマンブラザーズの支援は、政治的に極めて困難だったのでは?と想像できます(実際に、支援しませんでした)。

リーマンショックの影響

サブプライムローン問題もリーマンショックも、アメリカでの話です。

上の米雇用統計を見ますと、2009年には早くも、労働環境が改善に向かっていることが分かります。2010年にはプラスに転じています。

(なお、2010年中ごろに、いきなり50万人くらい増えています。これは、国勢調査のために雇用された人々であり、一時的なプラスです。)

雇用という面から見れば、2011年には復活し、継続的なプラスで推移しました。

ダメージが大きかったのは、欧州です。不景気がひどくなる一方で、改善が進みませんでした。

そんな中、ギリシャなどでの財政問題が明るみに出てしまい、ユーロ圏崩壊か?という状況となりました。その後、何年にもわたって世の中を騒がせることになりました。

ちなみに、ギリシャの財政問題は完全解決したわけではありません。小康状態を保ちながら、徐々に改善してほしいです…。

第二のリーマンショックに備えたい

リーマンショックは、「100年に1回」などと表現されました。そして、しばしば比較対象となったのは、1929年の世界大恐慌です。

ということは、リーマンショックは最後の惨事ではなく、今後も起こることを前提としています。

それは、いつ起きるか分かりません。明日かもしれませんし、10年後かもしれません。そこで、備えておきたいです。「備えあれば憂いなし」です。

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