スイスには、お祭り「射撃祭」があります。その歴史は14世紀まで遡ることができ、スイス各地から腕自慢が集まって腕を競い、親睦を深めてきました。そして19世紀になると、記念コインや記念メダルが発行されるようになります。
今回紹介する100フラン金貨は、射撃祭を記念して1939年に限定発行されたものです。
コインのスペック
最初に、コインの外観やスペックを確認しましょう。
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- 発行国:スイス
- 発行年:1939年
- 直径:27mm
- 重量:17.5g
- 材料:金
- グレード:FDC(完全未使用品)及びUNC(未使用品)
- 発行枚数:6,000枚
写真のコインは完全未使用品であり、(株)ダルマで購入可能です。未使用品もありますので、上の表の「グレード」から選んでください。
完全未使用品と未使用品
未使用品には、流通の痕跡がありません。ただし、流通前の保管時に傷がつく場合があります。一方、完全未使用品は、流通前の傷もほとんどなくて完璧に近い状態を指します。
では、表側のデザインから確認しましょう。
表側のデザイン
ライフルを構える人が描かれており、まさに射撃祭にピッタリです。周囲の文字は「EIDGENÖSSISCHES SCHÜTZENFEST IN LUZERN」すなわち「ルッツェルン射撃祭」です。1939年の大会は、ルッツェルンで開催されたことが分かります。
ルッツェルンの位置は、下の地図で赤い目印の部分です。スイスはフランスやドイツなどに囲まれており、ルッツェルンはスイスの中央部に位置しています。
引用元:GoogleMap
裏側のデザイン
裏のデザインは、表と違って文字で埋め尽くされています。円の中は「EINER FÜR ALLE ALLE FÜR EINEN」すなわち「One for All, All for One」(一人はみんなのために、みんなは一人のために)です。射撃祭というお祭りの理念が伺える言葉です。
そして興味深いのが、周囲に書いてある文字です。「100 FR EINLÖSBAR + BIS + 31. + AUGUST + 1939」これを訳すと、「100フラン 1939年8月31日まで有効」です。
100フランと書いてあるが…
この意味を知るには、射撃祭記念コインの流れをざっくりと概観した方が良いかもしれません。
19世紀以降、射撃祭記念として銀製の記念メダルが発行されるようになりました。記念メダルといっても、大きさや銀含有量は当時の5フラン銀貨と同様でしたので、事実上5フラン銀貨として流通しました。
射撃祭記念で銀メダルが発行され、デザインは毎回異なる…すなわち、手にした人は「これは本物の銀貨なのか?それとも偽物か?」と混乱してしまいます。こうして、1885年を最後に発行が途絶えていました。
しかし、第一次世界大戦後に復活。1934年と1939年の2回だけ発行され、この2回は100フラン金貨も発行されました。
なお、この100フラン金貨は、本物の100フラン金貨よりも金の含有量が少なく作られました。当時の20フラン金貨の重量は6.45g、すなわち100フランに換算すると32.25gですが、射撃祭記念金貨の重量は17.5gです。本来の半分くらいしかありません。
そこで、「射撃祭がルッツェルンで開催されている間だけ、100フランとして使っていいよ」というルールを採用しました。これが、「1939年8月31日まで有効」の意味です。
記念として大切に保管された
100フランと書いてあるけれど、金の含有量が少なくて100フランの価値はない…すると、ある人は期限内に100フランとして使ったことでしょう。別の人は、大切に保管したことでしょう。
自宅に持ち帰り、家族や友人等に披露したかもしれません。親から子へと大切に受け継がれてきたものが、完全未使用品や未使用品として流通しています。
この記事で紹介している完全未使用品は、スラブと呼ばれるプラスチックケースに封入されており、傷がつかない構造になっています。これを手にして大切に保管し、次の世代に引き継いでいけたら素晴らしいです。
余談:金錆び(きんさび)
余談ですが、(株)ダルマの在庫は2枚あり、完全未使用品には金錆び(きんさび)があります。金は金属としては柔らかく、他の金属と触れ合うと簡単に傷がついてしまいます。そこで、別の金属を混ぜることにより、強度を確保しています。金錆びとは、金以外の金属が錆びる現象です。
では、金錆びがあると価値はどうなるか?ですが、金錆びがあってもなくてもアンティークコインとしての価値は変わりません。アンティークコインの世界では、自然に発生した現象について極めて寛容です。
例えば、銀貨は、空気中の硫黄分等と結合して大幅に変色します。これをトーンと呼び、トーンの素晴らしさを評価する傾向もあります。繰り返しになりますが、自然に発生した現象については、極めて寛容です。
その一方、人為的な変化を極端に嫌います。例えば、布で磨こうものなら「磨き」という評価を受けて価値が暴落します。
というわけで、金錆びをどう評価するか?というのは、好み次第です。実際、この記事の完全未使用品は、NGCという鑑定会社からMS66という評価を受けており、これは極めて高い評価です。